ポーランド、芸術古都が誘うランジェリーの世界

Rzeczpospolita Polska

special vol.01

Polish Lingerie

第一部・知られざるポーランドランジェリーの魅力

special vol.01

ポーランド、芸術古都が誘うランジェリーの世界

Polish Lingerie

ロマン・ポランスキーやショパンなど偉大なアーティストを数多く輩出した、東欧の芸術国家ポーランド。古くは繊維産業の国としても栄えていましたが、90年代以降は競争の激化により繊維産業が衰退していきます。新たにヨーロッパ屈指のIT国家として発展を遂げてきた一方で、地道に成長を続けてきた繊維産業もありました。それが、ランジェリー産業です。ポーランドに存在するランジェリーメーカーの多くは今なお成長を続けています。なぜポーランドではランジェリー産業が盛んなのでしょうか。SPLASHが総力を挙げて特集するコラム「Splash Special」の記念すべき第1回目は、そんなポーランドのランジェリーの秘密に迫ってみたいと思います。

第一部・知られざるポーランドランジェリーの魅力

ポーランドの首都ワルシャワ旧市街地

ポーランドランジェリーとの運命の出会い

「このランジェリーとの出会いは、きっと運命に違いない―。」初めてポーランドのランジェリーを手にした瞬間、強く水しぶきが弾けるような衝撃と共に、私たちはそう直感しました。ヨーロッパの一流ランジェリーブランドにも劣らない高級なエンブロイダリーレースと上質なテクスチャー。そこからは想像できないほどのリーズナブルなプライス。大量生産される安価なランジェリーとも、手の届かない高額なブランドランジェリーとも違う、これまで出会ったことのない新しいランジェリー。その魅力に引き寄せられるかのように、私たちはポーランドにあるランジェリーブランドのアトリエを訪ねて歩きました。そして、多くのブランド創業者や職人たちと出会い、ポーランド人でさえも知らない「ポーランドランジェリーの魅力」を知ることになります。知られざるポーランドランジェリーの魅力。この魅力を日本でも広めたい―。それが、私たちSPLASHの始まりでした。

歴史が語る、ポーランドランジェリーの伝統

1950年代のポーランドでは、繊維産業が重点産業とされていました。当時のポーランドの繊維産業は、原糸、原布から織布、縫製、染色まで全工程を工場に持ち、染料、繊維機械さえも自給するフルセット型でしたが、1989年に共産主義が崩壊すると、格安な輸入品に押されて縫製以外の工程は衰退していきます。そして、ポーランドの繊維産業の構造は、従来のフルセット型から、原料を輸入して縫製加工したものを輸出する加工貿易型へと変化していきました。ランジェリー産業も、同じく原料を輸入する縫製中心の加工貿易型ビジネスとして成長しました。

現在、ポーランドには多くのランジェリーブランドがありますが、ランジェリー産業のメッカとして知られているのが、ポーランド東北部にあるポドラシェ県の首都ビャウィストク。ポーランドで最もランジェリー産業が盛んな都市とされ、多くのランジェリーメーカーが存在しています。SPLASHの取り扱いブランドの中でも特に人気がある、Axami(アクサミ)やSawren(サブレン)といったブランドも、ここビャウィストクにアトリエを構えています。かつて織物交易の場として栄えた都市クラクフや、繊維の町として栄えた都市ウッジから、遠く離れた東北部の都市ビャウィストクで、これほどまでにランジェリー産業が栄えている理由。それは、ビャウィストクの歴史にありました。

まだポーランドが共産主義国だった当時、ビャウィストクにはWzorcowa(ヴゾルツォヴァ)という国内最大の下着メーカーが存在していましたが、ポーランドの共産主義が崩壊すると、まもなくWzorcowaは倒産。多くの労働者たちが職を失いました。その労働力を活かすべく、ビャウィストクでは次々とランジェリーメーカーが誕生したのです。ポーランドのランジェリー産業の新しい幕開けです。当初は、どのメーカーもシンプルで安価な下着の製造が主流でしたが、時代の変化とともにお洒落で高級なランジェリーが多く製造されるようになり、各社とも個性に磨きをかけることで競争を生き抜いてきました。その後は、ビャウィストク以外のポーランド各地でランジェリーブランドが次々と誕生し、ポーランドのランジェリー市場はますます競争の厳しさを増していくことになります。こうした厳しい競争の中で生き抜いてきたからこそ、ポーランドのランジェリーはデザインや技術力において優れていると考えられます。

1970年代の頃と思われるクラクフの繊維会館
映画「マルタの優しい刺繍」のポーランド版とも言われるコニャクフ村

ポーランドに息づく、刺繍レースの文化

ポーランドの国民の9割以上はカトリック教徒。ウェディングドレスの起源がカトリックの風習にあるように、ポーランドの文化や風習と刺繍レースは深く結びついています。例えば、日本ではお宮参りや七五三で子供に着物を着せますが、ポーランドでは生後1ヶ月の赤ちゃんや9歳の子供が受ける洗礼の儀式でレースの衣装を着せます。その中でも最も高級とされるのが、ポーランドの伝統的なハドメイドのレースで作られた衣装。非常に高価なため儀式以外で使われることはほとんどありませんが、今でもポーランドで大切にされている伝統品のひとつとされています。

カトリックの儀式で使われる伝統レースとは異なりますが、ポーランドとチェコの国境近くにあるコニャクフ村にも、村に代々伝わる伝統的なレースが存在します。200年以上の伝統を誇るこの村のレース編みは、古くからドレスなどの飾りやテーブルクロスなどに使われ、過去にはエリザベス女王や前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世にも献上されました。2003年には、レース編みを使ったブラジャーやTバックなどの下着をスタート。その斬新なデザインは世界中で話題となり、現在もコニャクフ村の重要産業となっています。

西欧のレース編みと、ポーランド織物技術の融合

このように紹介すると、ポーランドの下着は伝統レースを使って作られていると思われてしまうかもしれませんが、残念ながらそうではありません。ポーランドの伝統的なハンドメイドレースは量産が難しく、ランジェリーに使用するにはあまりに高価なため、現在もランジェリーに使用されることはほとんどありません。そのため、ポーランドのランジェリーの多くは、フランスやイタリアなどのヨーロッパ諸国から輸入された刺繍レースで作られています。デザインや縫製は全て自社で行うが、素材だけは外国から仕入れる。つまり、製造コストは抑えつつ、素材にコストをかけることによって、「有名ブランドにも劣らない美しさ」と「手の届くリーズナブルなプライス」を同時に実現しているのです。歴史あるヨーロッパの刺繍レース編み技術と、ポーランドの織物技術との融合にも「ポーランドランジェリーの魅力」が隠されていたのですね。

時代を超えて人々を魅了するヨーロッパのエンブロイダリーレース